本の旅
Ab ovo. 卵から始める(ソレダメ! by ホラティウス『詩論』)
ネタバレを忌み嫌うような人は、よっぽどつまらん小説しか読んでなくて、およそくだらん映画しか観てなかったりするのかね?
2度目にはもう感動が薄れるようなモノにかける時間は自分には無いから、何度読み返しても新たな発見があるような古典しか読まんし、それが映画化されたモノしか観んて!
とはいえ、映画化された古典には駄作も多いのだが、それはそれで突っ込みドコロ満載なのでOK
逆に、映画としては秀作だとしても、古典からネタを何の断りもなく拝借しといて(よってリスペクトも一切なく)、剽窃の疑念(いや、疑念でなく明白なのだが)しか抱けぬような映画は、日本人100人中100人が大絶賛してるアニメでも、自分には胸糞悪いだけだ
アリストテレスの『詩学』やホラティウスの『詩論』は、古代ギリシア(ローマ)における詩劇(叙事詩や戯曲)の在り方について、ホメロスやギリシア悲劇などを例に挙げながら論じた著書で・・・
人口に膾炙した神話などのネタバレ必定なエピソードは、どれだけ観客に新鮮な感動を与えらえるか、台本の作者の技量が問われるトコロだが、そういうモノでなければ意味がなかろうと説いてる
ホメロスの『イリアス』が傑作なのも、誰もが知ってるトロイア戦争を題材にしてて、アキレウスが特異的なキャラを際立たせてて、主人公の英雄ヘクトルの死を最大限に盛り上げるコトに成功してるが、それは物語にクライマックスが組み込まれてるからでなく、クライマックスだけで成り立ってるからだ
ホラティウスの『詩論』にはトロイア戦争について以下のようにある
Ab ovo.、卵から始める、(ホメロスだったら)トロイアー戦争を双子の卵から始めることもしない
これは逆説的な表現で、『イリアス』はトロイア戦争の叙事詩だが、戦争の引き金となったヘレネが生まれる卵のエピソードから語り始めたりはせず、戦いが既に10年も続いてて、アキレウスとアガメムノンが戦利品の取り合いをするトコロから始まってるから、退屈すべき部分が全く無くて世紀の傑作なのだってワケ
トロイア戦争の一部始終なんて当時は誰だってわかりきってるコトで、すっ飛ばして面白い部分だけでいんじゃん?、というのがホラティウスのホメロス評価だ
付け加えれば続編の『オデュッセイア』において、回想シーンに『イリアス』の後日談(有名な【トロイの木馬】のエピソードなど)をオデュッセウスに臨場感たっぷりに語らせて再現してたりもするので、ホメロスのこの2大叙事詩の構成は素晴らしいってのは自分も賛同するね
ちなみにヘレネが生まれるのがなぜ双子の卵なのかは、ゼウスがスパルタ王妃レダに横恋慕して、白鳥に化けて油断させといて襲っちまったんだが、さすが白鳥に化けてただけあってか(?)、ゼウスの子供を身篭ったレダは2つの卵を産み、その1つからはヘレネとクリュタイムネストラの姉妹が生まれ、もう1つからはカストルとポリュデウケス(ポルックス)の兄弟が生まれた、故に双子の卵(あるいは2つの卵)なのだ
しかし確かにホラティウスの見解には賛成だが、関連書物も散逸してしまい史料に乏しい現代日本人からすると、卵から始まって延々と続く長い物語だって悪くないってか、いや、その方がありがたかったとも思うがね
またホラティウスはホメロスについて、トロイ2連作をひたすら絶賛してるだけでなく、所々の見受けられる稚拙な詩句について次のように語ってる
すぐれたホメロスも居眠りすることがある
これは諺になってたりするがホラティウスの言い回しはセンスが良いね
ロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』の第1巻の第4章では、ホラティウスが「卵から始める」のは良くないとしてるのを逆手にとって・・・
ホラティウスの言葉を借りれば「卵のはじめから」たどってゆけることを、この上なくよろこぶものであります。
などと、ワザとふざけているのだが、そもそもこの『トリストラム・シャンディ』のあらすじは、主人公のトリストラム・シャンディの生涯を綴る・・・主旨のはずが、話が脱線しまくって生まれるトコロにさえなかなか行き着かずで、そこをこそ愉しむべきなのでこう述べてるのだが、なんとも洒落が効いてるね